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まどポが出るのとそろそろ10話から1周年もかねて。 10話→1話~9話→11話~12話まで読了。 改めて思うのは、まどかマギカって「ループモノ」としてはあくまで要素の一つに過ぎない。 さやかはあんまりループと関係ないわけで。 そこにまどかマギカの面白いところがあると思ってる。 10話自体はただの過去編に過ぎないわけで。 映像にした作品がすべてというのはその通りだけども、12話じゃ詰め込める部分もなかなか少ない。 そんなこんなで、フェアウェルストーリーを踏まえた上で「巴マミはそんなことも教えてくれなかったのかい?」という言葉が重い。 杏子はちょいキャラが見えにくいけども、虚淵節が大きいキャラなので今後の補完にはちょい期待。 1話~2話でまどかというキャラについては語られている。10話にしろ12話にしろ延長線にある。 そこらへんを踏まえた上であえて言うけど、まどかがさやかの痴情のgdgdに対して力になってあげられなかったことをまどかについて責めるのは筋違いだと思うのですよ。 別の時間軸のまどかが「自分には出来ないこと」を託した魔法少女がいるわけでしてね。 まどか本人が「私にできないことを、ほむらちゃんになら出来る」ということを託してるわけでしてね、ええ。 まあ本編ではそうはならなかったんですけどね。 でも、さやかは綺麗なまま死んだからあれはあれで自由意思を尊重出来てると思う。 そこをほむらがどうこうってよりは、アルティメットまどかを否定されたくないのですよ。 しかし最終話で過去未来の魔法少女が出てくるシーンは、「世界は、昔もこれからも女が強い」という脚本家の作家性が出てる気がする。 虚淵作品における男性像ってのは、Fate/Zeroのケイネス先生や雁夜おじさん見てればわかるよ。 セイバーがいじめられてるように見えるのは、あの人自分から「弱体化」しに行ってるのかもと考えると士郎の存在感というのが出てくるのかもしれないと脱線してみる。 魔女になれるまどかマギカの世界観は幸せかもしれないが、最後にひっくり返されることが運命づけられている。 僕らは魔女になんてなれない。無秩序に暴れることなんて出来ない。 そういう意味では改変後の世界というのは、改変前よりも「現実」に近いのかもしれない。 鹿目まどかがアニメのキャラクターになっているように。改変後もアニメっちゃアニメだけども。 とどのつまり、暁美ほむらは最後の最後でやっぱり「人間」なんです。自分が認めてなくてもね。
by bontane2
| 2012-03-09 23:10
| 魔法少女まどか☆マギカ
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